性急に結論を求めさせるウェブ

ウェブ上の討議において、議論の参加者が提出された意見を正しいか間違っているかの二択ですぐに評価しようとする状況をよく見る。その姿勢は議論を有益にしようとする真面目な態度から生じているのかもしれない。しかしながら提出された意見に対してその正しさを即断してしまうのは、議論の先鋭化を招き、参加者を感情的にさせてしまう恐れがある。

討議には様々な段階がある。同じ関心を持つ人々が集う段階、各々の意見を提出する段階、提出された意見を整理する段階、整理された意見をもとに議論を行う段階、議論を得て最終的な合意を得る段階。討議の中で答えを出すのは最後の段階であって、意見が提出された直後にその妥当性を問う必要はない。むしろ大事なのは、まず意見の多様性を認識することであり、自らの意見が全体のどこに位置するかを把握することである。

しかしながら、ウェブではこの段階を飛ばして、意見の提出から議論へとすぐに移ってしまう。典型的なのは掲示板での議論である。そこでは単線的な情報提示の仕方であるゆえに、いま議論がどの段階を経ているかをユーザーは認識することができない。Twitterはより極端で、そもそも全体としてどんな意見が提出されているかを確実に把握する手段がない。特定個人の意見の文脈さえそこでは失われる。つまりウェブサービスアーキテクチャによって、適切な議論の進行が阻害されるという事態が引き起こされているのである。そのようなウェブサービスを使う限り、まともな議論を行うのは困難である。

このような事態に対処するためには、理想的には適切な議論進行を促すアーキテクチャを備えたウェブサービスの開発が必要である。しかしながらそのような素晴らしいサービスはいつ誰が作り上げるかは皆目わからない。

ひとまずウェブで議論をしようとするユーザーが心がけるべきことは、結論を求めすぎず、他人の意見の正否を即断せず、冷静に自分の意見との差異を述べることであろうか。